バリ犬
バリ島を訪れて驚くのは犬の多さである。推定で40万匹はいるらしい。インドネシアは国民の8割がイスラム教徒で、宗教上の理由から犬を嫌うが、ネックレスの様に連なる島々の中で、バリ島だけが人口の9割をバリ・ヒンドゥー教徒が占める。彼らは犬への抵抗感が無い、というより犬には厄よけの力があり村を守ってもらっていると信じている。実際、村々を歩いていると、目が良いのか鼻がきくのか、遙か遠くから私を見つけてけたたましく吠える。それが次々リレーされ、結局村を出るまで延々と続くのだ。満月の夜、月光で写真を撮ろうと森を歩いていると遠くの家で犬が吠える。するとすぐさま村の青年が駆け寄って来たことがある。
最近になってペットとしての犬が飼われるようになったが、ほとんどが薄汚い、色の混じったいわゆるバリ犬である。一応どこかの家に属しているようなのだが放し飼いになっている。狂犬病が流行った年に観光客が噛みつかれたということで、州知事が野犬狩り令を出した事もあった。犬を大切にしている家では首輪や布を巻いて「飼い主がいる」というサインにしていた。
生まれたての子犬は子供たちのペットとして可愛がられているが、それもわずかな間。すぐに野犬化し「自由」と引き換えに過酷な日々を生き抜いていかなければならない。パサール(市場)でゴミを漁り、チャナン(奉げ物)にくっついたわずかなご飯をなめ何とかその日を生き延びている犬も多い。皮膚病で毛が抜け落ちたり、怪我を負ったもの、骨と皮だけに痩せ細ったものもよく見かける。日が暮れて、路上にサテ(串焼き)を焼く匂いが流れると犬達がソワソワと周りをうろつきだす。いつもははダレている犬達も夜になると性格が急変する。夜、ガメランの音に誘われて寺へ出かける途中で数頭の群れに囲まれた。石を投げても怯むこともなくその数が増し、結局、バッグを振り回しながら宿まで退散したこともあった。
そんな犬どもも日中はのんびり道の真ん中に寝そべり、車が近づくとぶつかる間際のそっと立ち上がり嫌々ながら脇による。そして「あいつら我々を轢かないよ」と人間の心を見透かした眼で見上げる。
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