天空からの響き
アバビ村の定宿 Geria Semalungは風の丘に建っている。天気がいいと遥か彼方にロンボク島、眼下には椰子の森が広がっていて、いつも気持ち良い風が吹いている。
早朝、スタッフのJanurが空を見つめている。指さす彼方には鳩の群れが旋回していて、そこから音が響いてくる。彼に尋ねると自宅の庭に案内され、その音源を見せてくれた。籠の中から取り出した鳩の首には、竹や金属で作られた笛のようなものが掛けられている。中が空洞でスリットがあり、これを付けた鳩が空を飛ぶと、風を切り鳴り響くという訳だ。鳩は群れをつくって飛ぶので、手作りが故の微妙に違う音階が、天空で交じり合い響き合うのだ。
鳩は小さいときから飼い慣らし、帰るべき家をしっかり教え込む。空で混じり合った鳩の群れは、運がよければ他の仲間を連れて帰ってくる(その逆もある)。それは一種の遊びなのだ。
翌朝、パサール(市場)に出かけ、この笛を専門に売っているおじさんを見つけ、 様々な種類のものを手に入れた。竹・金属・角・木と様々な素材、形の物がある。
鳩を飼っていない僕が鳴らす方法。細紐につけ頭上で勢いよくブン回す。風の谷のナウシカがウシアブを腐海の森に返した時の蟲笛ように。
ある日私のブログでこの笛のことを知った方から「何とか手に入らないものか」とメールが来た。その方は伝書鳩のレースやっている方で、長距離飛行中に鷹などの猛禽類に襲われることを防ぐために使ってみたい、と言うことだった。果たして効果があったのか?
池澤夏樹さんの小説『花を運ぶ妹』の終りにこの笛のことが書かれている。
「それにしても、よくもこんな遊びを考えついたな」
「まったくね。バリ人はすごいって来るたびに思うよ」
空は次第に暗くなる。青い美しい色に変ってゆく。
そこに細い月が見えて、その月の 周囲を鳩は巡って飛ぶ。
天界の音楽はまだ聞こえている。
これが、ぼくがバリで耳にしたもっとも美しい音だった。
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