すぐそこの死
1992年、初めて家族でバリ島を旅した。クタに一泊した後ウブドに移動し、明け方ロスメン(民宿)の庭から聞こえる豚の悲鳴で目が覚めた。その声のトーンから何となく状況が把握でき、四人ともしばらくベッドから出られなかった。
やがて静まった庭に出てみると、首から血を抜かれた大きな豚が横たわっていた。宿の主人が現れ「すいませんねえ、朝早くから騒がしくて。今日は我が家のウパチャラ(法事)なんで、後でバビグリン食べにきて下さいね」と言われたが、断末魔の声がいつまでも耳に残っていて食欲はでない。バビグリンはバリでは祭りや祝い事には欠かせない豚の丸焼きである。レストランでも人気のメニューで、村の大きな祝い事では、川の側に村人が大勢集まり、何頭も処理されるのだが、子ども達も小さな頃からその解体の一部始終を目にするのだ。生き物のカラダの中がどうなっているのか、そしてその一部は自分の内に入ってきて生きる源となるのだ。当時中学生でオロオロしていた次女も、バリ島を何度も旅する内に、今では宿泊した村で豚焼き係を任されるようになった。
冷蔵庫の普及していない村々では日の出前の涼しい内から朝市が賑わい、店頭には解体されたばかりの肉片が並び、テイクアウト用の生きたままの鶏も売られている。火葬もよく見かけるが、村人に混じって観光客も大勢押しかける。
バリでは日々の生活のすぐ隣に「死」が転がっている。
それもあからさまに包み隠さず陽の下で。 Mémento mori
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